経理のクセとその良し悪し

2021年10月12日

こんにちは、美波です。

経理事務経験者が経理職へ転職する際に、先方の採用担当者に必ずと言っていいほど聞かれる、定番の質問があります。

それは次のふたつ、すなわち

・前職でクセはついていませんか

・決算を経験したことがありますか

の2点です。

今回はそのうちの、「経理のクセ」について考えてみたいと思います。

手に職をつける、ということ

仕事でもなんでも、数をこなせば自ずとその方法論が身につきます。

「こうやったほうが効率がいいな」「こうしたほうが自分には合っているな」といった感想は、誰しもが持ったことがあるでしょう。

これ自体は決して悪い話ではないです。自分でやり方を模索し、最適解を求める姿勢は、褒められこそすれ、否定されるものではありません。

これを突き詰めていくと、「自分のやり方」が確立されます。どんな問題に直面しても、自分が決めた順序で取り組めば必ず解決できる、という、まさに手に職をつけた自分が出来上がります。

具体例を挙げてみます。Aさんが1日の経理処理が終わって残高を確認すると、銀行残高と会計ソフトの残高に相違があった場合について、です。

通常、残高は毎日1円単位で一致すべきなので、残高が一致しない現状は異常事態です。Aさんは過去の経験に従って、今日入力した処理を一から見直し、相違の原因に気づき、修正しました。これにて一件落着です。

この場合、残高の相違に気づく能力と、原因を追究し素早く修正する能力を身につけることが「手に職をつける」ということになります。

「手に職」と「手グセ」は違う

ところで、経理というのは、見た目とは裏腹に職人的な業務です。

つまり、技術を身につけるにはトライアンドエラーが必須。理屈を覚えるよりも、手を動かし、数をこなすことが上達の近道です。

これは、裏を返すと、「特に学問的に知識を深めなくても、技術を体得できる」ということを意味します。

そして、このブログでは再三繰り返していますが、経理という仕事は他人に評価されません。

同じ経理の先輩ならともかく、「間違っていないことが当たり前」の経理の業務について、「そのやり方が正しいかどうか」ということまで見てくれる人は、社内には居ないのが普通です。

するとどうなるか。論理的な裏付けはないものの、ルーティーンにも似たやり方が自分に身に付き、そのやり方で結果が出るがために、自分のやり方こそが経理処理の唯一正しい方法だ、という思い込みに捕らわれることになります。

これが「手グセ」というもので、そのやり方でしか問題解決ができない、という点で、「手に職」とは全く異なります。

手グセの具体例

先ほどの具体例を挙げて、説明してみます。

Aさんは、残高の相違をチェックし、修正を試みる、という「技術」を身につけています。ここまではOKです。

しかしAさんは、修正するためには「その日の処理をすべて一から見直さなければいけない」と思い込んでいます。これが「手グセ」です。

残高の修正方法は無数にありますが、一般的には、数字は大きい塊から個別処理へとチェックポイントを絞っていくほうが効率がいいとされています。

例えば、残高の相違が判明したときに、その会社の一日の取引の半分が売上処理であるならば、まずは売り上げの合計額の一致を確認します。

そして売上額が不一致なら売上処理が、一致しているならそれ以外の処理が誤っているわけです。

初めにこのチェックをするだけで、チェックの労力は半分になります。

しかしAさんは、修正するにはすべての処理を見直すしかない、と思い込んでいます。そして、今までそうやって解決してきたという経験が、他の方法の可能性を否定します。

結果、この「クセ」のせいで、Aさんは非効率的な業務遂行を続けることになるわけです。

業種のクセ

上記では「クセ」を一処理について述べましたが、このクセは業種ごとにも起こりえます。

例えばBさんはこれまで営利法人で利益追求に勤しんできたとします。

そんなBさんは、より安定した職業を求めて、非営利団体の経理事務に転職しました。

前職で徹底的なコスト削減による効率的な利益獲得をしてきたBさんは、新しい職場でもその手腕を発揮しようとします。

そして、非営利法人に所属しながら、その法人が行っている社会奉仕活動について、「利益に結び付かない無駄な活動はやめませんか」と提案してしまうのです。その奉仕活動こそが、その法人の存在意義であるにもかかわらずに。

もちろんこれは極端な例ですが、このようなことは大小を問わずよく起こります。

業種によって、あるいは、同業種でも会社によって、経理のやり方というのは異なります。

会社によっては、利益を重視する会社、現金の残高を重視する会社、広告宣伝に力を入れる会社、人件費を惜しまない会社等、いろいろな会社があります。

だからこそ、経理職が転職する際にまず第一に求められるのは、その所属する会社の運営方針についての理解です。

これを飛ばして、前職の経験や、自分の手前味噌なやり方を持ち込まれても、現場の人にとっては迷惑でしかありません。

そのような苦い経験を、転職者を迎え入れた会社のほとんどが体験しています。だから、新たに転職者を迎え入れる際に「前職でクセはついていませんか」と尋ねるのです。

リーガルマインドならぬアカウントマインドを身につける

ということで、経理経験者が陥りやすい「手グセ」について書いてみました。

私も転職の際には、しつこいくらいに「変な癖がついてないか」の探りを入れられました。

この疑惑を払拭するには、経理の原理原則に対する知識の証明、つまり日商簿記等の「資格」の保持を示すことが最も有効です。

「リーガルマインド」という言葉があります。これは、物事や出来事について、その問題の本質を見抜き、根拠を持ってその良し悪しを判断する能力のことです。

これに必要なのは、判断の根拠となる一般的・原則的な知識への理解と、思考の柔軟性です。

経理においても、一つの事象について、一般論や原則の処理方法を学び、自分の処理方法を客観視する柔軟さ、さながら「アカウント・マインド」を身につける必要があります。

経理職で転職を考えている方は、まずは転職先のやり方への理解を最優先にされるのがよいかと思います。

そして、転職先の業態や経理の実態をしっかり理解してから、前職で培った技術を活かしてご活躍されてはいかがでしょうか。

以上になります、ここまでお読みいただきありがとうございました。